2002年7月9日 NO.47
 原点に立ち返って考える



 梅雨の中休み。すでに夏の盛りと思しき暑さに消耗させられる今日この頃、国会は休みなく稼動中。「冷蔵庫に書き込まれたラヴレターは信書か?」という信書の定義をめぐるユニークな議論(民主党・中村哲治代議士)もあった、郵政改革の論戦。いわゆる「5増5減」と呼ばれる衆議院選挙区の区割りを是正する公選法改正案。瀋陽の亡命者事件に関する一連の外務省問題、どこまで拡がるか逮捕者続出のムネオ疑惑。さらに真実を明らかにしようとしない田中真紀子代議士の秘書給与疑惑等々、国民の関心の高い諸問題も、まだまだ山積。
 そんな中、7月1日朝、ばんの豊サマーセミナーの第1回として、モーニングセミナーを開催。テーマは首都機能移転。今回はその報告を中心にお伝えしたい。


ばんの豊モーニングセミナー、首都機能移転をテーマに開催さる

 先頃、衆議院・国会移転等に関する特別委員長に就任した河村たかし代議士。移転先3候補地からの絞込みが先送りになった責任をとって石原前委員長が辞任したことによる後任人事。
 委員長に就くや否や、河村代議士、早速行動開始。委員長専用の黒塗り公用車に会期中毎日支給される6,000円の日当など「委員長特権」を次々返上。年間数百万円の会議費も大幅に圧縮する意向を示す等、国会における税金の無駄を削り、パブリック・サーヴァント(公僕)としての範を示した。
 今回、ばんの豊サマーセミナーの第1回、首都機能移転をテーマに取り上げるにあたり、その河村代議士を講師として早朝勉強会にお招きした。
 新しい首都のイメージというと、森の中に国会とか官庁が点在、そこには何故か必ず池があって、ゆっくり散策する議員とおぼしき人影がある。しかし、議員というのはそもそもそんなに気の利いた環境を提供されるような立場ではない。国家、国民のため、昼夜を惜しんで必死で働くのが本来のあるべき姿。そもそもコストをかけるべきところを勘違いしていることの象徴である。河村代議士はこう指摘した。そして、今の日本という国は、国自体がビジネスをしていかなければならないような構造になっていて、その代表例が公共事業であり、また郵政もその一つであり、国会の移転もそのひとつとして位置づけられてきた、との見方を示した。国家が集めた税金によって事業を(そして全ての社会保障も)経営するというのは、アメリカのニューディール政策、そしてケインズ経済学の影響による、前世紀の発想そのままの時代遅れの考えである。いまは「小さな政府」に象徴される民間の活力を最大限に引き出して、国会議員も国民の意思を担って税金を少しでも減らすことに腐心すべきとの考えを示した。
 いま、国の財政は危機的といわれる。しかし、政府の財政が破綻するからといって、何の知恵もなく、ただ単に、「増税するだけの総理大臣だったら誰でもやれる」。河村代議士はそう言い切り、NPO税制整備など、いまこそ自分たちが選んで税を活用する社会の実現に知恵を出し合うべきと語った。
 国会移転に話を戻す。改めて確認したいのは、この委員会の設立の目的。平成2年までさかのぼって確かめると、本委員会の目的は「移転するかどうかを議論する」ことであり、「移転を決する」のではない。何しろ10年も前のこと、いまとは状況も大きく変わっている。しかも、国民世論において直ちに首都機能移転を図るべきとの声は、いまやわずか5%でしかない。防災や危機管理といった側面からの検討も含め、しっかり今という時代を踏まえた方向性が、しかも早急に打ち出されることを期待したい。
 最後に河村代議士曰く、「私が委員長になった以上、何も決められないまま国会に、衆議院議長に丸投げすることはしない。必ず結論もしくは一定の方向を出す。このままずるずると、誘致の費用だけを国や自治体が血税を垂れ流しで浪費することはあってはならない。」そう強調して講演を締めくくった。



歴史や伝統は自国の「におい」

 7月4日、衆議院・憲法調査会の政治機構小委員会。気鋭の若手憲法学者、八木秀次氏(高崎経済大学・助教授)の参考人質疑において、伴野が質問に臨んだ。
 明治憲法の研究者である八木氏は1962年生、伴野と同世代。憲法に対する感覚にも共通するものがある。その八木氏が明治憲法において評価するのは、その制定において歴史、伝統といった「国柄」を重視した姿勢であり、これを「日本のにおいのする憲法」という表現で示した。
 伴野は3つの視点から意見を述べた。教育、国を愛する心、そして新憲法制定の気概についてである。
 教育、ということでは、戦後の教育が「におい」を嗅ぎ分ける力を育て得なかったこと。国柄を認識できなくなることにより、結果として「自国」という存在さえ意識できなくなってしまっている。自国のにおいをきちっと意識できてこそ、他国とのにおいの違いもかぎ分けることができ、また他国への理解も可能となる。グローバル化が進む中でこそ、自国を意識し、愛する心を育む。さらに、日本のにおいを憲法に、という八木氏の意見に賛同しつつ、今を語る政治家として、明治の先人たちのように新憲法を制定するくらいの気概を持ちたい、と結んだ。
 これに対して八木氏は、教育において、におい、国柄を伝えるために、歴史教育がキーとなることを示すとともに、戦後、自国のにおいを消して、自国を愛する心を抑圧してきた反省から、きれいな美しいナショナリズムの作法というものを私たちは考え、子供たちに継承してゆくべきであると語った。
 自分を愛せない人は他人をも愛せない。それを国に置き換えて考えれば、愛国心なくして他国への理解もなく、本当の平和も求め得ない。国の原点となる歴史や伝統を教え伝えて、「におい」を嗅ぎ分ける力を育むこと、そして国そのものを示す憲法に日本らしい「におい」を醸成することは、今を生きる大人の責任である。



※ 詳細は伴野豊事務所までお問い合わせ下さい




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