2001年12月28日 NO.36
21世紀最初の一年を顧みて
ばんの代議士の4つのニュース



 去年の今頃、来るべき2001年、21世紀の幕開けに、明るい未来を期待していた方も多かったはず。しかし、その思いは木っ端微塵に打ち砕かれてしまった。9・11、米国同時多発テロ。あの惨劇に象徴されるように、今年は暗いニュースの重なった年であったように思われる。
 しかし、こんな時代だからこそ、政治も責任重大。表面的な人気に左右されることなく、本物の実力が一人ひとりに求められている。
 今年もあと僅か、はたして伴野豊はどうだったのか。本物の政治家として、皆様のご期待に沿う活躍を示し得たのか。皆様に通信簿をつけてもらう材料として、この一年を振り返ってみたい。題して「平成13年・伴野代議士の4つのニュース + おまけ1」ということで。

1. 衆議院本会議・代表質問に立つ

 4月10日、衆議院本会議場。国権の最高機関、その演台に、伴野は立っていた。JR会社法改正案に対する本会議代表質問のためである。原稿なし、自分の言葉で質問に臨んだ伴野。かつて国鉄改革を現場で体験した、そのことを踏まえ、今最も必要なのは政治家の意識改革であり、主権者である国民に対して、未来への責任、子供たちへの責任をしっかりと果たしてゆかねばならないと訴えた。



2. 国土交通委員として

 1月からの省庁再編に伴い、国会内の委員会も再編。伴野は国土交通委員会と国会等移転に関する特別委員会に所属することとなった。
 本来の伴野の専門分野は都市計画。専門の知識と現場の感覚を兼ね備えている点でも、また中部国際空港を抱える地元、という点においても、まさにうってつけのポジションである。通常国会、臨時国会とも、たびたび委員会で質問に立ち、質問趣意書の提出、国会移転候補地の視察(現場検証)など、未来の子供たちによりよいインフラを継ぐべく努力を重ねた。



3. 参議院選挙、あるいは首長選挙

 今年の夏はまた暑かった・・・そんななか、第19回参議院選挙は行われた。
 伴野も大塚耕平氏のトップ当選と民主党の飛躍に向けて全力で闘ったが、小泉旋風を受けた結果、民主党主導の政権交代、即ち真の改革は先送りされた感がある。
 また、知多半島では、東海、半田、知多、武豊の3市1町で首長選挙(知多・武豊は無投票)があった。健全な地方政治を確立・維持できる候補の支援に伴野は尽力した。



4. NY視察直後にテロ発生

 国会議員の最大の使命は、国民の生命と財産を守るために、あらゆる手を尽くすことである。
 あのいまは亡き世界貿易センタービル。そしてペンタゴン。伴野はその日の僅か一週間前、ニューヨーク、ワシントンを訪問していた。米国との関係は日本の安全保障上の最重要課題である、との認識に立っての訪問であった。偶然ではあるが、直前、まさにその場にいたのである。
 史上稀にみる大惨劇。日本人も含めて多くの方が犠牲になった。改めて心から哀悼の意を表したい。
 今回の事件、根本の原因は、この世界にある全ての貧困にある。テロという行為は絶対に正当化できない。一方で、或る人々がテロに走る原因については、しっかり考えていかなくてはならない。日本の平和で豊かな社会をこれからも守っていくためには、結局は世界の平和を実現するしかない。きちんとした国際的なルールの確立を含め、日本にできること。世界のために、次の世代のために。いま、真剣に考えたい。
 特に臨時国会でのテロ対応関係の審議において、伴野も含め、各議員がまさに命がけで取り組んでいることを報告しておきたい。




○一通のメール( +1のおまけ)

 9月末に親友からいただいたEメール。同じ内容のものがいろんな人に転送されていたようで、これが最近、本として出版されました。タイトルは「世界がもし100人の村だったら」。もし書店で見かけたら、手にとってみて下さい。


 心のすさぶ事件の多かったこの一年。来年こそは、明るい新世紀にふさわしい、力強く再生への一歩を踏み出したいものです。
 今年も皆様には大変お世話になりました。心から感謝申し上げます。来年も、初心を忘れず信念を持って活動してまいります。引き続きご指導の程、宜しくお願い申し上げます。



 以 上


バックナンバーへ戻る